深田貴美子の動向

2015.02.14記事一覧へもどる

私が政治を志すわけ その(2)

「なぜ政治をやるのですか?」とお尋ねいただくことがあります。
そんなとき私は大抵、「見て見ぬふりができない、お節介なおばさんだからです。」とお答えします。おそらく、そんな性格は、幼少期の日常にあったのではないかと、この年齢になって思うようになりました。

クラスメートの思い出

小学校2年生から4年生まで、私の隣には、知的障がいを持つM君とポリオで脚が不自由なH君がいつも左右に座っていました。
M君は、ときおり周囲とうまくコミュニケーションができなくなると癇癪を起し、椅子や机を投げ飛ばします。
H君は、もじもじしているうちに、おもらしをしてしまいます。
そんなふたりの間に挟まって、私はM君をなだめたり、H君にトイレの声掛けをしたりとお節介ばかりしていたようです。

そんなわけで図工や作文など、いつも私はお残り組。ずいぶんと大人になってから、母から聞いた思い出話によると、帰りが遅いことを不思議に思った母が先生に尋ねたところ、先生はこう仰ったそうです。
「貴美子ちゃんは、他人のことばかり世話を焼いて、自分のことは後回し。だからお残りも多いんですよ。」

でもふたりはとても気さくな明るい男の子で、私にとっては普通の友達でした。
そして今思うと、彼らが日常の学校生活と遊びのなかで、私に気づかせてくれたこと、教えてくれたことがとたくさんありました。

武蔵野の子どもたちの生きる権利

障がいの有る無しにかかわらず、生活においても、経済的な理由においても、支えが必要な子どもたちが増えています。
子どもは自分を守る手段も資源もあまり持ち合わせていませんから、社会がしっかりと見守ってあげられる環境が必要です。
そのためには、社会を動かす政治の力で、時には一歩踏み込んだ政策や予算付けが必要です。

そういった思い出や日常の気づきを通じて、私は武蔵野市にも子どもたちが「生きる権利のある主体」であることを定める、「子ども条例」「子ども憲章」を制度化することが必要だと痛感しています。

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